The Intelligence Trap(インテリジェンス・トラップ) なぜ、賢い人ほど愚かな決断を下すのか 読書メモ

ダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー」を読んで以来、行動経済学に関心を持っています。この本も同じ領域を扱っているため、読んでみることにしました。

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この本では、高いIQや専門知識を持っている人でも誤った決断をしてしまうことがあると主張しています。さらに言えば、このように賢いと見なされる人の方が、平凡な人よりも判断ミスを犯す可能性が高くなってしまうことを示す研究結果を紹介しています。

知性と判断ミスの可能性が比例してしまうこのような現象を、この本では「インテリジェンストラップ」と呼んでいます。

第1部 知能の落とし穴

インテリジェンストラップを支持する研究結果と、ノーベル賞化学者が非科学的な主張に傾倒したこと、高い専門性を持ったプロフェッショナルが愚かな判断をしてしまった事例など具体的なエピソードが提示されています。

第2部 賢いあなたが気をつけること

どのような点に気をつけていれば、インテリジェンストラップを軽減できるのかをまとめています。「主張に対立する意見を探してみる」「断定的な表現を使わない」などなど、罠にかかりにくくなるためのTipsが紹介されていました。

常に懐疑的であって、好奇心を活発にし続けることが大切だと分かります。

第3部 実りある学習法

個人的にここが一番おもしろかったです。

一般的に、下記のような学び方をすれば上達が早いと思われています。

  • 一つの事に集中する

  • まとまった時間を確保する

  • 集中できる書斎を用意する

  • 理解しやすい教材を活用する

しかし、これらは全て誤りであるということが示されています。効率よく上達するためには、「ある程度たくさんの事を、細切れの時間で、さまざまな場所で」学ぶのが適しています。

人は忘れたことを思い出すのは大変です。そのため、頑張って思い出したことは記憶に残りやすいことが分かっています。多くの事を学んでいると、切り替えのたびに前回の続きを思い出さなければならないため、結果として記憶が定着しやすいです。

「細切れの時間で、さまざまな場所で」も同じ理由で、思い出す回数、頑張り具合を増やす効果があります。時間が細切れの方が、前回の続きを思い出す回数が多くなります。また、記憶を呼び出す際に勉強していた場所が鍵になることがあるので、色々な場所で勉強している方がヒントが少なく頑張って思い出すことになります。

第4部 知性ある組織の作り方

サッカー弱小国アイスランドが、一流選手を集めたイングランドを破ったケースや、アメリカの大学生アイスホッケーチームが強豪ソ連チームを破った「氷上の奇跡」など印象深いエピソードをもとに、スター選手ばかりを集めても最強チームは作れないことを示しています。

チームの中のスター選手の割合が多くなると地位争いが発生して、チームのパフォーマンスは低下します。この現象は「逆U字の法則」と呼ばれています。チームの中にスター選手が数人いるとパフォーマンスは上がりますが、その割合が増えていって60%程度になってくると、逆にチームは苦戦しやすくなります。

これを防ぐ方法として、「特定のメンバーだけではなく、全てのメンバーに発言の時間を取る」、「リーダーが謙虚な態度でメンバーに接し、雑用のような仕事でもこなす」などが紹介されていましたが、まだまだ研究途上の分野だとしていました。

組織がメンバーにものを考えさせないようにする「機能的愚鈍」という現象についての研究も紹介されています。要員は様々ですが、特に「組織に対する完全な忠誠心を求め、ポジティブである事を過度に重要視する空気」が機能的愚鈍を生み出すと言われています。「進行中のプロジェクトを批判すると、本気でそれに取り組んでいない証拠とみなされる」ような状態で、組織の自己批判機能が失われています。

加えて、「早く、たくさん、前のめりに失敗する」事をよしとするスタートアップ文化も、機能的愚鈍になりうると指摘されています。失敗を認めて改善していく柔軟な姿勢の表れてある場合は美徳ですが、「失敗の原因を分析しない」、「原因を外部要因(世の中が私のアイデアに追いついていなかった)に求める」場合がままあり、その場合は機能的愚鈍であるとしています。

これには、原子力空母や潜水艦で活用されている工夫が参考になるとしていて、「組織外部のアドバイスを受け入れる」、「自主的に失敗を報告したメンバーを表彰する」、「ルーチンワークの手順を定期的に入れ替える」などの対策が紹介されています。

所感

懐疑的な姿勢や好奇心が認知バイアスを軽減させる、という研究結果は面白くて直感にも合っていますが、そのような態度はどのようにすれば身に付けられるのかは今後の課題だと感じました。自分の知っている範囲内で素早く思考するのが、必ずしも間違っているとも思えないので、みんなが身につけるべき態度かどうかも含めてまだ分からないところです。

学習法に関する部分は常識を覆される結果で、早速自分自身も取り入れ始めています。一つの事に集中するのが苦手なタイプなので、お墨付きをもらえて気持ちが楽になりました。

機能的愚鈍の対策はいくつか挙がっていましたが、まだ今後の発展待ちです。人が関わる問題なのでこれにも一般解はないと思いますが、もっと研究結果が出揃ってくれば機能的愚鈍を軽減することができるのかもしれません。